親としてできること

昨日は神戸で9時から18時半までノンストップ講義を受けてきました。

昼食の時間はありましたが、その時間は参加者同士の交流時間。

食べて話して大忙し。

そして終了後にはこんな素敵なバッチをいただきました。



「Dallmayr Tea Party Planner」

ドイツの老舗食材ブランドの肩書を背負う重みを

実感した一日でもありました。

頭の中をしっかり整理して今後の活動につなげていきたいと思います。



こちらは帰りの新幹線に飛び乗る前に買った娘たちへのお土産。



ぎりぎり就寝前に帰宅できたので娘たちの顔を見ることができました。

「ママおかえりー!」

の笑顔を見たらロング講義の疲れもふっとびました^^

娘たちの習い事の送迎などを手伝ってくれた主人にも感謝です。



そして↓の記事は以前のブログで3年ほど前に書いていたものです。

行きの新幹線でふとこの記事のことを思い出しました。

読み返してみたら我ながら「ふむふむ」ということを書いていたので

覚書として貼り付けておきました。

お時間のある方はご覧くださいね。

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昨夜、珍しく20時に育児家事が終了、 ボケッとTV鑑賞していたパパと夫婦の会話。

議題は「親としてできること」 。

パパとの会話でよく話しに上がるのが

「干渉し過ぎる親と無関心な親」

どっちがまともな子供に育つのか(どっちがましか)?

なのですが、昨夜はパパからナイスな意見が出ました。


「親は、木に立って見ると書くから、あまり干渉しないほうが

子供にとってはいいんじゃないか?」

なあるほど。

パパの職場に通われている小学生のお子達。

3年生4年生になっても

「どこが痛いのか、いつから痛いのか」を自分の口で

説明できる子が多くはないようです(母が説明する)。

全員が靴下を自分で履くわけではないそうです(母が履かせている)。

私は子供達には、強くやさしく育ってほしいと、いつも思ってます。

できれば、私もなるだけ長い時間見守っていきたいけれど、

それはいつかできなくなります。

ひょっとすると今日突然、いっしょに暮せない可能性だってあります。
(私は22歳で母と死別しました。事故死だったので突然でした。)

だから、わたしの代わりにいつも誰かが助けてくださるように

強くやさしく明るくて、そして

誰に対しても「ありがとう」という感謝の言葉が言える

女の子に育ってほしいなと思います。

例えば お友達がDSやたまごっちIDの話をするから「私も欲しい」 と懇願された時。

朝ごはんに白米&お味噌汁を出したけど「パンがいい」 と愚図られた時。

欲しいものが手に入らなくていじけても 自分の力で、

気持ちを立て直せるような人になってほしいので

すぐには与えず「我慢」の訓練をしていただきます。

道端でこけたら、自分で起きて膝の土をはらって立てるよう

後ろから見守っていたいと思います。

というわけで、これからも木に立って見ながら

時々、心の中の気持ちを聞いてあげたいと思います。

会話というのは教育であり、学びであると聞いたことがあります。

人は互いに会話をすることで、互いに学び、教育しあっていると。

昨夜の夫婦の会話は昼間お友達から聞いた話がキッカケでした。

昼間の会話があったから「今夜はいい話ができたな」と思いました。

育児、家事に悩みはつきもの。

これからもおおいに会話していきましょう。


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